2011年の星ヶ丘出店

ちょっと古い写真が出てきました。名古屋の星ヶ丘のイベントに2011年7月に出店していたときの写真です。古いといっても10年はたっていないのですが,その後の宮ザキ園の歩みを考えると,随分前のことだなぁと思います。

これらの写真は,商工会の紹介でパッケージの改善などの相談にのっていただいた6次産業化プランナーの方が訪ねてきてくださったおりに撮っていただいた写真です。6次産業化の認定をとらないかとお誘いをいただいたのがこの時。あいにく篤志は不在でしたが,紘子が話を伺い,その後の6次産業化認定,商品ラインナップの見直し,海外販路開拓などへとつながります。


201107 星ヶ丘にて出店こちらが店頭風景。テーブルにかかっているのれんは当時のお店で使っていたものです。ちらっと見えているパッケージはクラフトパッケージに切り替えた頃のもの。汎用品ではありましたが,「温故知新」という文字が入っていて,宮ザキ園が思っていた,古い伝統あるお茶に新しい視点を取り言えることでお茶の世界を広げたいという思いにあっているね,よく伝わるねといわれて嬉しかったです。あとでこの写真を見せられ,手前のパッケージが寝ているので何を売っているのか伝わりにくいねとか,一緒に出店していた雑貨屋さんがボードに値段を明記しているのに比べて値段がわからないし,パンフレットも字が小さくて遠くからは何がかいてあるかわからないよと,率直な感想と,こうしたらいいんじゃないという工夫のアイディアを教えてもらいました。

宮ザキ園の紹介パンフこちらはこの当時の宮ザキ園のパンフレットです。有機無農薬のお茶を当時からJAS認証を得て栽培・加工・販売していましたが,パンフレットでは額田の自然の豊かさをメインにアピールしていますね。ちょっと有機栽培が広く受け入れられるには早かったかな。今の4代目の写真をメインにしたものと比べると,随分印象が違いますね。


五万石茶・合格茶の記事当時とりくんでいた,五万石茶や合格茶のことをつたえていただいた記事も店頭に掲げておりました。30代前半の篤志は,いろんな道を模索し,地元の事業者さんらとの協力もすすめてきました。どちらの商品もいまはありませんが,こうした試行錯誤を経て,現在の宮ザキ園につながっています。


しこう茶についてこちらは当時,実験的に商品開発を継続していた「しこう茶」。思考,至高,試行,嗜好,指向,いろんな思いをこめてひらがなの名前にし,その後の発売時もこの表記になりました。その後,しばらく製造・販売していましたが,わ紅茶のヒットや原料ハーブの入手の難しさもあり,今は販売していませんが,懐かしい商品です。

この投稿文は次の言語で読めます: ja日本語

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です